ふくらはぎマッサージは、脚の疲れや筋肉のこわばりを和らげるセルフケアとして親しまれています。一方、インターネットでは「ふくらはぎを揉むと血栓が飛んで死亡する」という情報も見られ、不安を感じる人も少なくありません。実際、脚のマッサージ後に肺血栓塞栓症を発症した症例は、海外の医学論文で報告されています。
問題の核心は、マッサージそのものが誰にとっても危険なのか、それとも、すでに深部静脈血栓症(DVT)が生じている人など、特定の条件で重大なリスクが生まれるのかという点です。2026年10月時点で参照できる日本循環器学会の2025年改訂版ガイドライン、厚生労働省、医薬品医療機器総合機構(PMDA)の安全情報、海外の症例報告をもとに、死亡事例の経緯から危険な症状、安全な判断基準まで整理します。
【結論】ふくらはぎマッサージで死亡することはある?血栓症との関係

結論からいえば、ふくらはぎを含む脚のマッサージ後に、生命を脅かす肺血栓塞栓症を発症した症例は実際に存在します。ただし、危険性を理解するには、健康な人が通常の強さで脚を揉む場合と、すでに血栓ができている人の脚を揉む場合を区別しなければなりません。
深部静脈血栓症(DVT)は、脚の深い位置を走る静脈に血液の塊ができる病気です。血栓が血管内にとどまっている間は、脚の腫れや痛みなどの症状が現れることがあります。しかし、血栓の一部が剥がれて血流に乗り、肺の血管を塞ぐと、肺血栓塞栓症(PE)を引き起こすことがあります。
肺血栓塞栓症は、呼吸困難や胸痛を引き起こし、重症の場合には血圧の急激な低下、ショック、心停止に至ることもある病気です。日本血管外科学会や日本呼吸器学会も、脚の血栓と肺塞栓症の関係について注意を促しています。
ここで重要なのは、マッサージが必ず血栓を発生させるわけではないという点です。問題になるのは、すでに存在する血栓が外力などによって移動し、肺の血管を塞ぐ可能性です。脚に血栓があるかどうかは、外見や本人の感覚だけでは判断できません。
したがって、「ふくらはぎマッサージはすべて危険」と一律に考えるのも、「痛みが気持ちよければ問題ない」と考えるのも適切ではありません。まずは血栓症を疑う症状やリスクがないかを確認することが、安全性を判断する出発点になります。
【死亡事例の真相】脚のマッサージ後に何が起きたのか
脚のマッサージと肺塞栓症の関係は、単なるインターネット上の噂だけではありません。医学雑誌には、脚のマッサージ後に重篤な肺塞栓症を発症した症例が複数掲載されています。ただし、いずれも個別の症例報告であり、マッサージによる死亡の発生率や、一般の利用者における危険度を直接示す統計ではありません。
代表的な報告を整理すると、次のようになります。
| 報告年・地域 | 症例の経緯 | 報告された結果 |
|---|---|---|
| 2018年公表・インド | 足首の細い骨の骨折があった23歳男性が脚のマッサージを受けた。 | 剖検で、脚の深部静脈血栓症に由来する肺血栓塞栓症が死因と確認された。医学誌『The Medico-Legal Journal』掲載の症例報告。 |
| 2020年4月公表・タイ | 妊娠25週の25歳女性が脚と足のマッサージ後、突然の呼吸困難、意識障害、心停止を起こした。 | 蘇生後も論文執筆時点では意識不明で、胎児も死亡した。CT検査などで大規模な肺塞栓症が確認された。 |
| 2024年4月公表・インドネシア | 33歳女性が脚の痛みを理由にマッサージを受け、約2時間後に息切れと胸部の不快感を発症した。 | 重症の肺塞栓症と診断された。治療を受けて約2週間後に退院し、4か月後の経過観察では症状が改善していた。 |
これらの症例に共通する重要な点は、脚のマッサージ後に重大な症状が現れ、肺塞栓症が確認されたことです。特に、骨折や妊娠、長時間の座位など、血栓症のリスクにつながり得る背景には注意が必要です。
2018年に公表されたインドの症例では、足首の骨折が背景にあり、剖検で深部静脈血栓症に由来する肺血栓塞栓症が死因と確認されました。一方、2020年のタイの症例では、女性本人は蘇生されましたが、論文執筆時点でも意識不明の状態で、胎児も死亡しています。マッサージ後に重篤な状態となったことと、すべての症例で母体・患者本人が死亡したことは、混同してはいけません。
なお、これらは海外で公表された医学的症例です。日本国内の一般的なふくらはぎマッサージにおける死亡率を示すものではありません。また、症例報告からは、マッサージがどの程度の頻度で血栓を移動させるのかまでは判断できません。
もう一つ、区別しておきたいのが家庭用マッサージ器による死亡事故です。厚生労働省が注意喚起している過去の事故には、ローラー式電気マッサージ器の布カバーを外したり、破れたまま使用したりしたことで衣服が巻き込まれ、窒息死した事例があります。これは血栓が肺に詰まる事故とは、発生の仕組みが異なります。
【医学的な仕組み】深部静脈血栓症から肺塞栓症に進む理由
なぜ脚の血栓が命に関わるのでしょうか。鍵になるのは、脚から心臓へ戻る静脈と、心臓から肺へ血液を送る血管のつながりです。
深部静脈血栓症が起きると、血管内に形成された血栓が血流に乗って移動することがあります。血栓が右心系を通過して肺動脈に詰まると、肺で血液が酸素を取り込む流れが妨げられます。加えて、心臓の右側に大きな負担がかかり、重症例では全身に十分な血液を送れなくなることがあります。
日本循環器学会の2025年改訂版「肺血栓塞栓症・深部静脈血栓症および肺高血圧症に関するガイドライン」でも、肺血栓塞栓症の診断では呼吸困難や胸痛、失神などの症状に加え、血栓症の危険因子を確認することが重要とされています。脚の症状が目立たない場合でも、肺塞栓症を否定できるわけではありません。
血栓症の発症に関わる代表的な要因には、次のようなものがあります。
- 長時間のフライトや車中泊など、同じ姿勢を長く続けること
- 手術後、骨折後、入院中などで身体を動かす機会が減ること
- 妊娠中や出産後など、血栓症のリスクが高まる時期
- 悪性腫瘍など、血液が固まりやすくなる病気や状態
- 過去に深部静脈血栓症や肺血栓塞栓症を発症したことがある
これらの条件がある人に脚の痛みや腫れが現れた場合、単なる疲労やむくみと決めつけるのは危険です。強い圧迫やマッサージで対処する前に、医療機関で原因を確認する必要があります。
PMDAが公開している医薬品のリスク管理資料でも、深部静脈血栓症によるむくみに対し、自己判断でマッサージや圧迫などを行うと、血栓が移動して肺塞栓症を引き起こす可能性があると注意喚起されています。
【見分け方】深部静脈血栓症を疑う症状と救急受診の目安
深部静脈血栓症は、初期には筋肉痛やむくみと区別しにくい場合があります。自宅で確実に見分ける方法はなく、症状だけで診断することもできません。ただし、受診を急ぐべきサインを知っておくことはできます。
脚に現れる注意すべき症状
- 片方のふくらはぎや脚全体が腫れている
- 左右で脚の太さに明らかな差がある
- 片脚に痛み、圧痛、熱感がある
- 皮膚が赤くなったり、色が変わったりしている
- 急に腫れや痛みが出現した、または症状が徐々に強くなっている
特に、片脚だけに腫れや痛みが現れた場合は注意が必要です。日本呼吸器学会も、脚のむくみ、腫れ、痛み、太さの左右差を深部静脈血栓症の可能性を考えるサインとして挙げています。該当する症状があれば、マッサージで様子を見るのではなく、速やかに医療機関へ相談してください。
肺塞栓症を疑う症状は、さらに緊急性が高くなります。
- 突然の息切れや呼吸困難
- 突然の胸痛、背中の痛み
- 動悸、冷や汗、強いめまい
- 意識が遠のく、失神する
- 血の混じった痰が出る
これらの症状が突然現れた場合、とりわけ強い胸痛や安静時の呼吸困難、失神がある場合は、119番で救急車を要請してください。マッサージ後に症状が出た場合も、施術との因果関係を自分で判断せず、緊急対応を優先することが大切です。
病院では、症状や既往歴などを確認したうえで、必要に応じて血液検査、下肢静脈の超音波検査、造影CTなどを用いて診断します。脚を見たり、触ったりするだけで血栓の有無を確実に判断することはできません。
【マッサージは禁忌?】血栓症や下肢静脈瘤で注意すべき人
ふくらはぎマッサージを避けるべきかどうかは、症状と身体の状態によって変わります。とくに、血栓症が疑われる場合や、医師からマッサージを禁止されている場合は、自己判断で脚を揉まないことが原則です。
PMDAの「マッサージチェアを使用する時、どんな人は注意が必要ですか」という医療機器Q&Aでは、血栓塞栓症、重度の動脈瘤、急性の静脈瘤などがあり、医師からマッサージを禁止されている人は、家庭用マッサージ器を使用してはいけないと説明されています。心臓に障害のある人、悪性腫瘍のある人、骨粗鬆症の人などについても、使用前に医師へ相談するよう案内されています。
下肢静脈瘤についても、すべての人に同じ対応が必要なわけではありません。しかし、急に腫れや痛みが出た場合、皮膚が赤くなって熱を持つ場合などは、血栓性静脈炎など別の病気が関係している可能性があります。自己流の強いマッサージで対処せず、医師に相談してください。
また、妊娠中や出産後、骨折後、手術後、長期間の安静後など、血栓症のリスクが高まる状況では、脚のマッサージを始める前に医療従事者へ確認することが望まれます。海外の症例報告では、妊娠中に潜在していた深部静脈血栓症が、脚のマッサージ後の重篤な肺塞栓症と関連したケースが報告されています。
判断に迷った場合は、次の基準を参考にしてください。
- 片脚の腫れ・痛み・熱感がある:揉まない、強く圧迫しない。速やかに医療機関へ相談する。
- 突然の息切れ・胸痛・失神がある:マッサージを中止し、119番で救急車を要請する。
- 血栓症の既往がある、妊娠中、手術・骨折後など:自己判断でマッサージを始めず、主治医に確認する。
- 医師からマッサージを禁止されている:手技によるマッサージも家庭用機器も、指示に従って避ける。
【安全な方法】ふくらはぎマッサージで避けたい行為と注意点
脚に痛みや腫れなどの異常がなく、血栓症を疑う事情もなく、医師から制限を受けていない人がセルフケアを行う場合でも、強い力を加えればよいわけではありません。安全性を優先し、痛みを我慢して揉むような方法は避けましょう。
セルフマッサージを行う際の基本的な注意点
- 最初から強い圧力を加えず、痛みのない範囲で行う。
- 痛み、腫れ、熱感、しびれなどが現れたら直ちに中止する。
- 片脚だけに急な症状があるときは、むくみ対策として揉まない。
- 骨折や筋肉の損傷が疑われるときは、自己流で揉んだり圧迫したりしない。
- マッサージによって血栓症を治療したり、血栓を取り除いたりできると考えない。
家庭用の電動マッサージ器やマッサージチェアを使用する場合は、取扱説明書を確認し、指定された用途と方法を守ることが必要です。カバーの破損や異常がある製品は使用せず、自己流の改造もしないでください。
厚生労働省は、家庭用ローラー式電気マッサージ器のカバーを外した状態や、破れた状態で使用すると、衣服が巻き込まれて窒息する危険があると注意喚起しています。これは血栓症とは別の事故ですが、マッサージ器を使用する際に見落とせない安全上の問題です。
なお、マッサージは、深部静脈血栓症を自己判断で予防・治療するための代替手段ではありません。長時間同じ姿勢を続ける場合は、医師から運動制限を受けていなければ、定期的に姿勢を変えたり、足首を動かしたりすることが予防の基本になります。手術後など血栓症のリスクが高い人は、医療従事者の指示に従って予防策を取ってください。
【ふくらはぎマッサージ死亡】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:ふくらはぎを揉むだけで血栓症になり、死亡することはありますか?
A1:脚のマッサージ後に肺塞栓症を発症し、死亡した症例は医学論文で報告されています。ただし、主に問題となるのは、すでに深部静脈血栓症が存在していたケースです。通常のマッサージ全般が死亡につながると示されているわけではありません。片脚の腫れや痛みがある場合は、揉まずに医療機関へ相談してください。
Q2:ふくらはぎの腫れや痛みが左右で違う場合、どうすればよいですか?
A2:片脚だけが腫れている、痛みや熱感がある、左右の太さに明らかな差がある場合は、深部静脈血栓症の可能性を考えて速やかに医療機関へ相談してください。症状がある脚を強く揉んだり、圧迫したりしてはいけません。突然の息切れや胸痛、失神を伴う場合は119番で救急車を要請してください。
Q3:家庭用のふくらはぎマッサージ器も危険なのでしょうか?
A3:すべてのマッサージ器が危険というわけではありません。ただし、血栓塞栓症や急性の静脈瘤などがあり、医師から使用を禁止されている場合は使用できません。また、カバーの破損した製品や、取扱説明書に反する使い方も危険です。持病や症状がある人は、使用前に医師へ相談してください。
ふくらはぎマッサージと死亡リスクの関係を理解するうえで、最も大切なのは、マッサージそのものと、すでに存在する血栓による危険を区別することです。海外では、脚のマッサージ後に深部静脈血栓症に由来する肺塞栓症を発症した症例が報告されています。一方で、個別の症例報告だけから、通常のマッサージがどの程度危険なのかを数値で判断することはできません。
2026年時点で押さえておきたい判断基準は、次の3点です。
- 片脚の腫れや痛みを軽視しない:単なるむくみと決めつけず、血栓症の可能性を考えて受診する。
- 突然の呼吸困難や胸痛を見逃さない:肺塞栓症などの緊急疾患を想定し、救急要請を優先する。
- 症状やリスクがあるときは揉まない:妊娠中、手術後、骨折後、血栓症の既往がある人などは、医療従事者に確認してから判断する。
脚の疲れやむくみを感じたとき、すぐに強いマッサージで解消しようとする必要はありません。普段と違う腫れや痛みがないかを確認し、異常があれば医療機関に相談する。その判断が、不要なリスクを避けるための最も確実な第一歩です。