「いかづち親方」とは、大相撲の雷部屋(いかづちべや)を率いる雷徹(いかづち・とおる)親方のことです。現役時代は「垣添徹(かきぞえ・とおる)」の四股名で活躍し、最高位は小結。日本体育大学出身の力士として幕内で実績を残し、引退後は指導者として後進の育成に携わってきました。
2023年2月1日には旧入間川部屋を継承し、雷部屋の師匠に就任。2026年10月現在も日本相撲協会の年寄として活動しています。加えて、2026年には長男の垣添玄空(かきぞえ・はるく)が入門し、7月場所で序ノ口優勝を果たしたことも話題になりました。読み方や現役時代の経歴、部屋の所在地、所属力士、最新の動向まで、確認できる情報をもとに整理します。
【正体を解説】いかづち親方とは誰?雷親方と垣添徹の関係

いかづち親方の名前を調べる際、まず押さえておきたいのが、「雷徹」と「垣添徹」は同一人物だという点です。現役力士として土俵に上がっていた頃は垣添徹、引退後は年寄名の雷徹を名乗っています。
日本相撲協会の年寄プロフィールでは、雷徹の本名は垣添徹、生年月日は1978年8月12日、出身地は大分県宇佐市とされています。2026年10月時点では48歳です。所属部屋は雷部屋で、協会内では委員の役職に就いています。
名前の読み方は、次のように整理すると分かりやすくなります。
- 雷徹:いかづち・とおる
- 雷親方:いかづちおやかた
- 雷部屋:いかづちべや
- 垣添徹:かきぞえ・とおる
「雷」は日常的には「かみなり」と読むこともありますが、相撲界でこの親方を指す場合は「いかづち」が正しい読み方です。「雷親方」という呼び名も、現在の年寄名に由来しています。
また、「雷親方」と「雷部屋」は別々の人物や組織を指す言葉ではありません。雷親方は部屋の師匠であり、雷部屋はその親方が力士を育成する相撲部屋です。検索結果で両者が混在していても、この関係を理解すれば情報を整理しやすくなります。
【現役時代の経歴】垣添徹は日本体育大学出身の元小結
垣添徹は、大学相撲で培った実力を大相撲の土俵で発揮した力士です。大分県宇佐市で育ち、宇佐産業科学高校を経て日本体育大学に進学。大学まで相撲に取り組み、2001年9月場所に初土俵を踏みました。
小柄な体格を生かした突き押し相撲日本相撲協会の力士プロフィールによると、垣添の現役時代の身長は176センチ、体重は138キロ。得意技は突き・押しでした。大型力士がひしめく大相撲の世界で、立ち合いから相手に圧力をかけ、前に出る相撲を武器に幕内で戦いました。
2003年3月場所に新十両、同年9月場所に新入幕を果たします。さらに2004年3月場所には新小結へ昇進。三役の地位に到達したことは、大学相撲で培った技術と、プロの土俵で積み上げた実績を示す節目でした。
最高位は小結です。横綱や大関まで昇進したわけではありませんが、幕内で43場所を務め、技能賞を1回受賞。十両優勝も1回記録しています。日本相撲協会の公式プロフィールに掲載された生涯戦歴は、388勝430敗15休です。
2012年の引退から指導者への転身垣添は2012年に現役を引退しました。幕内で長く戦ってきた経験は、単に勝ち負けの記録だけでなく、体格差のある相手との戦い方や、突き押しを中心とした攻めの組み立てを知る指導者としての土台にもなっています。
引退後は年寄として相撲界に残り、部屋付き親方として力士の指導に従事。その後、部屋を継承して師匠になる道を歩みました。現役時代に培った技術を、今度は弟子たちへ伝える立場に変わったのです。
【襲名と部屋継承の経緯】雷親方になるまでを時系列で整理
雷親方の経歴を理解するうえでは、年寄名の襲名と、相撲部屋そのものの継承を分けて見ることが大切です。垣添は引退後に年寄名を引き継ぎ、最終的に部屋を運営する師匠となりました。
| 時期 | 人物・組織の関係 | 主な出来事 |
|---|---|---|
| 2001年9月 | 垣添徹 | 大相撲で初土俵を踏む。 |
| 2003年3月・9月 | 垣添徹 | 3月場所に新十両、9月場所に新入幕。 |
| 2004年3月 | 垣添徹 | 新小結に昇進。現役時代の最高位に到達する。 |
| 2012年 | 垣添徹から親方へ | 現役を引退し、指導者としての活動へ移る。 |
| 2013年 | 年寄・雷 | 年寄「雷」の襲名披露大相撲が開催される。 |
| 2023年2月1日 | 雷徹と雷部屋 | 入間川部屋を継承し、部屋名を雷部屋に変更する。 |
| 2026年 | 雷部屋と所属力士 | 獅司が幕内で活躍。師匠の長男・垣添も入門し、序ノ口優勝を経て三段目へ進む。 |
年寄名の変遷について、日本相撲協会のプロフィールには「押尾川 徹」から「雷 徹」への履歴が記載されています。2013年6月には、元小結・垣添の引退と年寄「雷」の襲名披露大相撲が両国国技館で行われたことが報じられています。
その後の大きな転機が、2023年2月1日の部屋継承です。日本相撲協会の理事会で承認された継承により、雷親方は元関脇・栃司の入間川親方から入間川部屋を引き継ぎ、部屋の名称を雷部屋に改めました。
この変更は、単に看板を掛け替えたというだけではありません。師匠として部屋を運営し、弟子の育成や稽古環境の整備、力士の生活指導まで担う立場になったことを意味します。
雷部屋の名称は、歴史ある相撲部屋の名としても知られています。墨田区観光協会の紹介によると、2023年の名称変更は、雷部屋の名が約62年ぶりに復活する節目となりました。歴史ある名称を受け継ぎながら、新たな所属力士を育てることが、現在の雷親方に求められる役割です。
【雷部屋の現在】所在地・師匠・2026年11月場所の所属力士
雷部屋の所在地は、東京都墨田区業平3-1-9です。東京スカイツリー周辺のエリアにあり、部屋の公式サイトでは、京成線・東京メトロ半蔵門線・都営浅草線・東武スカイツリーラインの押上駅から徒歩約6分と案内されています。
部屋の師匠は雷徹親方です。日本相撲協会の部屋紹介と雷部屋公式サイトを確認すると、2026年11月場所の番付では、幕内から序ノ口まで10人の力士が所属しています。以下は、2026年10月29日時点で公表されている11月場所の番付に基づく一覧です。
雷部屋の所属力士一覧- 幕内:獅司(しし)— 東前頭10枚目
- 幕下:雷道(いかづちどう)— 東幕下23枚目
- 幕下:火雷(ほのいかづち)— 西幕下37枚目
- 三段目:雷嵐(いかづちあらし)— 東三段目13枚目
- 三段目:垣添(かきぞえ)— 東三段目26枚目
- 三段目:若雷(わかいかづち)— 東三段目34枚目
- 三段目:龍司(りゅうつかさ)— 東三段目67枚目
- 三段目:雷颯(いかづちはやて)— 西三段目68枚目
- 三段目:雷修(いかづちしゅう)— 東三段目77枚目
- 序ノ口:雷新(いかづちあらた)— 東序ノ口2枚目
番付は本場所ごとに変動します。上記は11月場所の番付であり、次の場所でも同じ地位にいるとは限りません。最新の所属力士や番付を調べる際は、日本相撲協会の部屋紹介と力士プロフィールが基本資料になります。
雷部屋の看板力士・獅司とは雷部屋の幕内力士として注目されるのが、獅司(しし)です。日本相撲協会の2026年11月場所の部屋紹介では、東前頭10枚目に位置しています。幕内力士が所属していることは、部屋の現状を知るうえで要点です。
一方、幕下以下の力士にとっても、幕内で戦う兄弟子の存在は日々の稽古や目標設定に関わります。番付上位の力士がいることだけで部屋の指導力を判断することはできませんが、異なる番付の力士が同じ稽古環境で切磋琢磨することは、相撲部屋の育成機能を考えるうえで欠かせない視点です。
また、雷部屋公式サイトでは、部屋の紹介や所属力士、新弟子募集などの情報が案内されています。稽古見学や訪問を考えている場合は、住所だけで判断せず、部屋側が公表している案内や最新の受け入れ条件を確認することが大切です。
【2026年最新】雷親方の現在と長男・垣添の活躍
2026年の雷親方を語るうえで見逃せないのが、師匠としての活動と、長男の垣添玄空の大相撲デビューです。2026年4月、雷親方の長男である垣添玄空が雷部屋への入門を発表しました。日刊スポーツやデイリースポーツなどが入門会見を報じています。
長男・垣添玄空は2026年7月場所で序ノ口優勝垣添玄空は2007年9月18日生まれで、埼玉栄高校で相撲に取り組みました。2026年5月場所に初土俵を踏み、7月場所では西序ノ口16枚目で7戦全勝の序ノ口優勝を達成しています。日本相撲協会の力士プロフィールにも、序ノ口優勝1回の記録が掲載されています。
その後、9月場所では東序二段6枚目で6勝1敗と勝ち越しました。そして10月26日に発表された11月場所の番付では、東三段目26枚目に昇進。入門から数場所で番付を上げており、2026年の雷部屋における注目力士の一人となっています。
父が元小結で、現在は所属部屋の師匠でもあるという環境は、垣添にとって大きな特徴です。ただし、父の現役実績と息子の将来の成績は別のものです。序ノ口優勝は明確な実績ですが、今後の昇進には各場所での取組と継続的な成長が問われます。
雷親方は現在も部屋の師匠として活動日本相撲協会の年寄プロフィールでは、雷徹親方の所属部屋は雷部屋と記載されています。2026年も師匠として所属力士を率いており、現役引退後に相撲界を離れたわけではありません。
師匠の仕事は、土俵上の技術指導に限られません。力士の体調管理、生活習慣、礼儀、番付に応じた目標設定など、日々の積み重ねを支えることも含まれます。現役時代に小結まで昇進した経験を持つ雷親方が、その知識や経験をどのように弟子へ伝えていくかは、部屋の今後を見守るうえで注目したい点です。
また、2026年11月場所の番付では獅司が幕内に位置し、幕下以下にも複数の力士が在籍しています。幕内の実績を維持しながら、若手を育て、部屋全体の競争力を高められるかどうかが、師匠としての活動を捉えるうえでの重要な観点になります。
【プロの結論】雷親方の経歴で誤解しやすい3つのポイント
雷親方について調べる際は、名前の読み方、現役時代の実績、部屋の継承を混同しないことが重要です。検索結果では「雷親方」「垣添徹」「雷部屋」という言葉が並ぶため、同一人物と組織の関係が見えにくくなることがあります。
1. 「雷親方」と「垣添徹」は別人ではない雷親方は、現役時代に垣添の四股名で活躍した垣添徹本人です。日本相撲協会の年寄プロフィールに両方の名前と年寄名履歴が掲載されているため、人物の同一性は公式記録から確認できます。
2. 最高位は大関ではなく小結垣添の最高位は小結です。幕内で43場所を務め、技能賞1回、十両優勝1回という実績を残しました。現役時代の評価を調べるときは、最高位だけでなく、幕内在位や通算成績、受賞歴も合わせて見ると、力士としての歩みをより立体的に理解できます。
3. 年寄名の襲名と部屋の継承は別の出来事引退後に年寄「雷」を襲名したことと、2023年に入間川部屋を継承して雷部屋を発足させたことは、同じ意味ではありません。前者は親方として名乗る年寄名に関する出来事で、後者は相撲部屋の運営を引き継いだ出来事です。この2つを分けて理解すると、雷親方の経歴が整理しやすくなります。
情報を見極める際は、人物の基本プロフィールには日本相撲協会の公式記録、部屋の方針や所在地には雷部屋公式サイト、入門会見や本場所での出来事には日刊スポーツなどの報道を照らし合わせる方法が有効です。特に番付は場所ごとに変わるため、過去の記事の順位を現在の順位として扱わないことが大切です。
【いかづち親方の現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:いかづち親方の本名と読み方は?
A1:本名は垣添徹(かきぞえ・とおる)です。現在の年寄名は雷徹で、「いかづち・とおる」と読みます。「雷親方」は「いかづちおやかた」です。
Q2:雷親方の現役時代の最高位は?
A2:最高位は小結です。2001年9月場所に初土俵を踏み、2003年に新十両・新入幕、2004年3月場所に新小結へ昇進しました。生涯戦歴は388勝430敗15休で、技能賞1回、十両優勝1回を記録しています。
Q3:雷部屋はどこにある?
A3:東京都墨田区業平3-1-9にあります。雷部屋公式サイトによると、押上駅から徒歩約6分です。見学や訪問を希望する場合は、事前に部屋の公式案内を確認してください。
Q4:雷親方はいつ雷部屋の師匠になった?
A4:2023年2月1日です。雷親方が入間川部屋を継承し、部屋名を雷部屋に変更しました。雷の年寄名を襲名した時期とは別の出来事です。
Q5:2026年の雷部屋で注目される力士は?
A5:幕内の獅司に加え、2026年に入門した垣添玄空が注目されます。垣添は7月場所で序ノ口優勝を果たし、9月場所で6勝1敗、11月場所では東三段目26枚目に昇進しました。
いかづち親方こと雷徹親方は、大分県宇佐市出身の元小結・垣添徹です。日本体育大学で相撲を学び、2001年に初土俵を踏んでから幕内で43場所を務めました。2012年の引退後は親方として指導に携わり、2013年に年寄「雷」を襲名。2023年2月1日には入間川部屋を継承し、雷部屋の師匠となりました。
2026年10月現在、雷部屋には幕内の獅司をはじめ、幕下以下の力士も在籍しています。加えて、長男の垣添玄空が7月場所で序ノ口優勝を果たし、11月場所では三段目に昇進しました。部屋の歴史を受け継ぎながら、現役力士と若手を育てることが、現在の雷親方の大きな役割です。
雷親方の情報を調べる際に押さえておきたいのは、「垣添徹」は現役時代の名前、「雷徹」は現在の年寄名、「雷部屋」は師匠として率いる相撲部屋という3つの関係です。これを理解すれば、現役時代の実績から部屋の所在地、所属力士、2026年の最新動向まで、情報を正確に整理できます。今後は獅司の幕内での戦いと、垣添をはじめとする若手の成長が、雷部屋の歩みを追ううえでの注目点となります。