元幕内力士の旭大星(きょくたいせい)は、2024年12月に現役引退を発表し、2025年1月に引退会見を行いました。最高位は西前頭八枚目。左膝の大けがを乗り越え、序ノ口から幕下まで番付を戻した力士として知られています。
2026年10月現在、旭大星こと大串拓也氏は、現役時代の経験を生かし、外国人向けの相撲体験コーディネートやイベント出演、講演活動などに取り組んでいます。飲食店での修業を経て相撲文化の普及へと活動の幅を広げ、2026年には体重の大幅な変化や、元幕内力士たちが参加する大会への出場予定も報じられました。ただし、大会は開催延期となっており、当初の予定どおり出場したわけではありません。
【旭大星の現在】引退後は何をしている?油そば店での修業から相撲体験事業へ

旭大星の引退後を追うと、飲食業への挑戦と、相撲の魅力を伝える仕事という二つの方向性が見えてきます。2025年1月の引退会見で語っていた将来像から、2026年までに確認できる活動を整理します。
2025年1月は「きりん寺」で飲食店経営を目指す2025年1月8日、旭大星は東京・両国国技館で引退会見を開きました。日刊スポーツやデイリースポーツの報道によると、当時は東京都内の油そば店「きりん寺」で修業しており、掃除や皿洗いなどの仕事も経験しながら、将来的に自分の店を持つことを目標にしていました。
長年、相撲部屋という特殊な共同生活の場で過ごしてきた力士にとって、引退後の職業選択は大きな課題です。旭大星は、知名度を生かした活動だけに頼るのではなく、飲食店の現場で仕事を学び、独立開業を目指す道を選びました。
ただし、油そば店の修業を始めたことと、実際に自分の店舗を開業したことは別です。2026年10月までの公開情報では、独立した油そば店の開業日や常設店舗の営業開始を示す発表は確認できません。
2025年以降は相撲体験のコーディネートや講演活動にも進出2025年6月13日、力士や相撲文化に関わるタレントの活動を扱うSUMOエージェンシーは、大串拓也氏の加入を発表しました。同社の紹介では、当時は飲食店で働きながら独立開業を目指し、イベント出演や講演会にも挑戦していく方針が示されていました。
その後、2025年12月には、母校の旭川志峯高校が講演会への登壇を報告。同校は、旭大星が外国人向けの相撲体験コーディネーターなどの仕事に携わりながら、大相撲の魅力を国内外へ広めていると紹介しています。
この流れから分かるのは、引退後の活動が飲食業だけに限定されていないことです。力士として培った技術や知識、相撲部屋での生活経験を、体験型イベントや講演という形で社会に還元する方向へ活動を広げています。
2026年には「旭大星ちゃんこ」の出店や相撲体験企画も2026年2月の第67回旭川冬まつりでは、公式の冬マルシェ出店一覧に「旭大星ちゃんこ」が掲載されました。加えて、グランドプリンスホテル高輪などが案内した2026年8月の「高輪 夏まつり2026」では、旭大星監修のちゃんこ鍋に加え、子ども向けの相撲体験や稽古企画が予定されていました。
こうした取り組みは、相撲を競技として観戦するだけでなく、食や体験を通じて親しんでもらう活動です。旭大星の名前が、現役時代の番付や取組だけでなく、相撲文化を伝えるイベントの企画にも結びつき始めている点は、引退後の変化として注目できます。
【プロフィールと通算成績】旭大星の最高位は前頭八枚目、敢闘賞も獲得
旭大星は北海道旭川市出身の元大相撲力士で、本名は大串拓也。日本相撲協会の公式プロフィールでは、1989年10月18日生まれ、身長185センチ、現役時代の掲載体重145.3キロとされています。2026年10月には37歳を迎えました。
所属していたのは大島部屋です。2008年1月場所で初土俵を踏み、2014年7月場所で新十両、2018年5月場所で新入幕を果たしました。最高位は西前頭八枚目です。
公式記録で見る主な戦績| 項目 | 記録 | 注目点 |
|---|---|---|
| 本名 | 大串拓也 | 引退後は本名で活動 |
| 出身地 | 北海道旭川市 | 道産子力士として注目された |
| 所属部屋 | 大島部屋 | 現役時代の所属 |
| 初土俵 | 2008年1月場所 | 17年にわたる角界生活の出発点 |
| 新十両 | 2014年7月場所 | 関取への昇進 |
| 新入幕 | 2018年5月場所 | 10勝を挙げ、敢闘賞を受賞 |
| 最高位 | 西前頭八枚目 | 幕内上位を目指した実績 |
| 幕内在位 | 4場所 | 幕内戦歴は19勝23敗18休 |
| 十両在位 | 34場所 | 長期間にわたり関取を務めた |
| 生涯戦歴 | 483勝434敗80休 | 100場所の通算成績 |
| 三賞 | 敢闘賞1回 | 2018年夏場所に受賞 |
| 引退場所 | 2025年1月場所 | 2024年12月に引退届が受理された |
上記は日本相撲協会の公式力士プロフィールと、引退時の日刊スポーツなどの報道に基づく記録です。通算成績の483勝434敗80休は、休場数も含めた100場所の生涯戦歴です。幕内戦歴の19勝23敗18休とは集計対象が異なります。
2018年夏場所の敢闘賞がキャリアの大きな節目旭大星が幕内力士として存在感を示したのが、2018年5月場所です。新入幕で10勝を挙げ、三賞の一つである敢闘賞を受賞しました。北海道出身の力士としても注目され、幕内での活躍を期待される存在となりました。
得意技は両前みつや出し投げ。公式プロフィールに掲載された決まり手の傾向では、押し出しや叩き込みも目立ちます。単純な体格だけで押し切るのではなく、相手との距離や動きを利用した攻めも持ち味でした。
一方、幕内在位は通算4場所にとどまりました。最高位だけを見れば前頭八枚目まで昇進した実力者ですが、負傷による休場がその後のキャリアに大きな影響を及ぼしました。
【旭大星の引退理由】左膝のけがから復帰、再び関取を目指した苦闘
旭大星の引退理由を理解するうえで欠かせないのが、左膝の重傷です。日本相撲協会の引退発表を受けた2024年12月26日の日刊スポーツなどの報道では、長期休場と番付の下降、復帰後の成績が引退までの経緯として伝えられました。
2022年初場所から5場所連続休場旭大星は十両から幕下へ転落した2022年初場所から、左膝の大けがを理由に5場所連続で休場しました。けがによる手術などもあり、番付は大きく下がりました。
相撲では、休場が長引くほど番付の維持が難しくなります。関取の地位から離れれば、十両以上の力士として受けられる待遇や環境も変わります。旭大星の場合、故障からの回復だけでなく、下がった番付から再び関取へ戻るという二重の課題に直面しました。
序ノ口から幕下まで復帰したものの、最後の壁を越えられず旭大星は2022年九州場所で序ノ口から土俵に復帰しました。これは、関取経験のある力士にとっても簡単ではない再出発です。そこから番付を上げ、2024年名古屋場所では幕下19枚目まで戻しました。
しかし、同年秋場所は2勝5敗と負け越し、続く九州場所は全休。2025年1月場所の番付は西三段目20枚目となり、関取復帰への道は厳しさを増していました。
つまり、引退の背景には、けがそのものだけでなく、復帰後に再び関取の地位へ到達することが難しくなった現実がありました。2024年12月25日に引退届を提出し、日本相撲協会が翌26日に受理したことで、17年にわたる角界生活に区切りがつきました。
引退会見で語った17年間への思い2025年1月8日の引退会見には、師匠の大島親方(元関脇旭天鵬)が同席しました。日刊スポーツの報道によると、旭大星は最後まで笑顔を見せ、現役生活を振り返りました。
「楽しい17年間だった。好きな相撲を取れなくなるのは寂しいけど、引退することに未練はない」
この言葉から読み取れるのは、けがによる苦労がありながらも、相撲人生そのものを否定していないという姿勢です。序ノ口から再起し、幕下まで戻した経験は、成績表だけでは測れない努力の積み重ねでもありました。
引退会見では、現役生活への感謝と、次の人生への意欲が示されました。引退後の飲食店修業や相撲体験事業は、その決断を経て始まった新しい挑戦です。
【経歴と関係者を時系列で整理】大島部屋から映画『辛抱』、そして第二の人生へ
旭大星のキャリアには、土俵上の成績だけでなく、入門時の生活を記録したドキュメンタリー映画や、引退後の活動を支える関係者とのつながりがあります。主な出来事を時系列で整理します。
- 2008年1月: 大島部屋で初土俵。
- 2014年7月: 新十両に昇進。
- 2018年5月: 新入幕。10勝を挙げ、敢闘賞を受賞。
- 2022年: 左膝の重傷で長期休場。その後、序ノ口から復帰。
- 2024年12月: 引退届が受理される。
- 2025年1月: 引退会見。油そば店での修業と独立開業の夢を語る。
- 2025年6月: SUMOエージェンシーへの加入が発表される。
- 2025年12月: 母校の旭川志峯高校で講演。相撲体験コーディネーターとしての活動も紹介される。
- 2026年2月: 旭川冬まつりの出店一覧に「旭大星ちゃんこ」が掲載される。
- 2026年4月: 元幕内力士の大会「ヤメ力士超相撲」への出場予定が報じられるが、その後、大会は延期に。
旭大星の活動を理解するには、現役時代の所属先、引退後の活動を支える団体、そして本人の歩みを記録した作品を分けて考えると分かりやすくなります。
- 大串拓也: 旭大星の本名。引退後の活動では本名で紹介されることもある。
- 大島部屋: 現役時代の所属部屋。引退会見には師匠の大島親方が同席した。
- SUMOエージェンシー: 2025年6月に加入が発表された団体。イベント出演や講演活動などの展開を紹介している。
- 旭川志峯高校: 母校。2025年12月に旭大星を講演会の講師として迎えた。
- ジル・クロン監督と映画『辛抱』: 旭大星の入門前後の生活を追ったドキュメンタリーに関係する。
- ヤメ力士超相撲: 引退力士による大会。旭大星の出場が発表されたものの、2026年6月の開催予定は延期された。
こうした関係をたどると、旭大星のキャリアは、現役時代の所属部屋や番付だけでは説明しきれないことが分かります。相撲を通じて得た経験が、引退後の教育、文化紹介、イベント出演へとつながっています。
【2026年最新】体重は約40キロ減?相撲体験事業と大会延期の現状
2026年の旭大星をめぐる報道では、現役時代からの体重変化、相撲文化を伝える活動、元力士が再び土俵に立つイベントへの出場予定が注目されました。それぞれ、報じられた内容と実際に確認できる活動を区別して見ていきます。
現役時代から体重が大幅に減少NEWSポストセブンは2026年2月、旭大星の引退後の姿を取り上げ、現役時代には最大165キロだった体重が、当時は約120キロになったと報じました。見た目の変化も注目され、力士時代とは異なるスーツ姿などが紹介されています。
ただし、体重の比較には基準となる時点が重要です。日本相撲協会の公式プロフィールに掲載されている現役時代の体重は145.3キロであり、報道で紹介された最大165キロとは異なります。約40キロ減という表現は、最大体重と引退後の推定体重を比較したものです。
引退後は、現役力士として体重を維持する必要性が変わり、生活習慣や運動の目的も変化します。旭大星の場合も、体重の変化は競技生活から次の仕事へ移る過程を象徴する話題として取り上げられています。
外国人向け相撲体験は、現役時代の経験を生かす仕事相撲体験事業では、相撲のルールや所作を伝えたり、参加者が実際に相撲に触れたりする機会をつくることが重要になります。旭大星は力士として長年土俵に立ち、相撲部屋での生活も経験しているため、競技の外からは分かりにくい背景まで説明できる立場にあります。
2025年12月の旭川志峯高校の報告では、外国人向けの相撲体験コーディネーターとして活動していることが紹介されました。2026年夏の高輪エリアのホテル企画でも、ちゃんこ鍋の監修や、相撲体験・稽古企画が案内されています。
相撲体験の仕事は、単に相撲の動きを見せるだけではありません。力士の生活、礼儀、稽古の意味、食文化などを伝えることで、日本の伝統文化への理解を深める役割も担います。現役時代に培った経験を、観戦以外の形で届ける仕事といえます。
「ヤメ力士超相撲」は開催延期に。出場予定と実績を混同しない2026年3月、元大関・把瑠都や元関脇・豊ノ島ら、引退した元幕内力士10人が参加する「ヤメ力士超相撲」の開催が発表され、旭大星も出場予定者に名を連ねました。当初は6月6日に東京・アリーナ立川立飛で開催される計画で、トーナメント形式の大会として告知されていました。
しかし、主催者の株式会社E-VENTは2026年4月10日、制作体制の見直しと公演内容の充実を理由に、開催延期を発表しました。チケット販売を担うチケットぴあにも延期の案内が掲載されています。2026年10月時点で、当初の日程で大会が開催された事実や、新しい開催日の確定は確認できません。
この大会への出場予定は、旭大星が引退後も相撲との接点を保っていることを示す動きです。ただし、予定された大会への参加と、実際に試合へ出場したことは別の事実です。今後の開催日や出場状況は、主催者の発表が判断材料になります。
【映画『辛抱』とイケメン評判】旭大星が注目され続ける理由
旭大星は、相撲の成績だけでなく、入門時の姿を記録したドキュメンタリー映画や、整った顔立ちでも知られてきました。引退後の体重変化が報じられたことで、現役時代を知らない読者からも関心を集めています。
ドキュメンタリー映画『辛抱』が記録した入門前後の姿映画『辛抱』は、フランス人女性監督ジル・クロンが、旭大星こと大串拓也の大島部屋入門前後の生活を追ったドキュメンタリーです。作品では、相撲部屋での稽古や日常生活、力士として成長していく過程が描かれています。
当時の大串は、もともと柔道に取り組んでいた若者でした。高校卒業後の進路をめぐる葛藤を抱えながら相撲部屋に入り、厳しい生活に向き合う姿が作品の中心となっています。映画の題名である「辛抱」は、相撲の世界で求められる忍耐や、若者が新しい環境に適応していく過程とも重なります。
旭大星が引退後に講演活動を行う際にも、こうした経験は大きな意味を持ちます。成功した力士としての実績だけでなく、入門時の戸惑いや、けがから再起するための努力を語れることが、若い世代に伝えられる経験の幅を広げています。
「イケメン力士」と評される理由と、引退後の印象の変化旭大星は、現役時代にデイリースポーツなどから「角界屈指のイケメン」と紹介されてきました。力士としての体格に加え、顔立ちや表情が注目され、相撲ファンの間でも印象に残る存在でした。
2026年2月のNEWSポストセブンや、同年4月のスポーツメディアTHE ANSWERは、引退後の大串氏の近影を取り上げ、現役時代からの外見の変化を報じています。体重の減少やスーツ姿によって印象が変わったことが話題になりました。
ただし、「イケメン」という評価は客観的な競技成績とは異なり、見る人の好みに左右されるものです。旭大星の場合は、現役時代の人気に加え、引退後の変化や新しい仕事への挑戦が報じられたことで、人物そのものへの関心が続いていると考えられます。
【旭大星の現在に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:旭大星は現在、何をしていますか?
A1:2026年10月現在、公開情報では相撲体験のコーディネート、イベント出演、講演活動などに取り組んでいます。2025年には飲食店での修業も報じられ、2026年には「旭大星ちゃんこ」の出店や相撲体験企画が案内されました。
Q2:旭大星の引退理由は何ですか?
A2:左膝の重傷による長期休場が大きな要因です。序ノ口から復帰して幕下まで番付を戻したものの、関取への再昇進がかなわず、2024年12月に引退届を提出しました。
Q3:旭大星の最高位と通算成績は?
A3:最高位は西前頭八枚目です。日本相撲協会の公式プロフィールによると、生涯戦歴は483勝434敗80休、100場所。2018年5月場所には10勝を挙げ、敢闘賞を受賞しています。
Q4:旭大星は油そば店を開業したのですか?
A4:2025年1月の引退会見時点では、東京都内の「きりん寺」で修業し、将来的な独立開業を目指していました。ただし、2026年10月までに独立店舗の開業を示す発表は確認できません。相撲体験やイベント関連の活動も進めています。
Q5:旭大星の体重はどれくらい減ったのですか?
A5:NEWSポストセブンの2026年2月の報道では、最大165キロだった体重が約120キロになったと紹介されています。日本相撲協会の公式プロフィールにある145.3キロは別の時点の記録であり、比較する基準によって減少幅は異なります。
Q6:映画『辛抱』はどのような作品ですか?
A6:フランス人女性監督ジル・クロンが、大串拓也の大島部屋入門前後を記録したドキュメンタリーです。相撲部屋での稽古や生活、若者が力士として成長していく過程を描いています。
Q7:2026年の「ヤメ力士超相撲」に旭大星は出場しましたか?
A7:旭大星は出場予定者として発表されましたが、当初2026年6月6日に予定されていた大会は、主催者が4月10日に開催延期を発表しています。2026年10月時点では、当初の日程で出場したとは確認できず、新日程も確定していません。
【プロの結論】旭大星は土俵を離れ、相撲の魅力を伝える新たな道へ
旭大星の歩みを振り返ると、引退は単に成績が伸びなくなったための決断ではなく、左膝の重傷と長い復帰過程を経て、次の人生へ進むための節目だったことが分かります。最高位は前頭八枚目、通算成績は483勝434敗80休。2018年の敢闘賞という実績に加え、序ノ口から幕下まで番付を戻した経験も、力士人生を語るうえで欠かせない。
引退後は、油そば店での修業を通じて飲食業に挑戦しながら、相撲体験のコーディネートや講演、イベント出演へと活動の幅を広げてきました。2026年には体重の大幅な変化が報じられ、ちゃんこ関連の出店や相撲体験企画も案内されています。一方、油そば店の独立開業や延期された大会の新日程については、今後の発表が待たれる状況です。
旭大星の現在を知るうえで大切なのは、現役時代の番付や外見だけで人物像を判断しないことです。けがを乗り越えようとした経験、引退会見で示した相撲への思い、そして相撲文化を伝える新しい仕事までを合わせて見ることで、引退後の歩みがより立体的に見えてきます。
土俵上で勝敗を競う力士から、相撲を体験し、学び、楽しむ機会をつくる立場へ。旭大星が培ってきた経験が、これからどのような活動につながっていくのか、今後のイベント出演や本人・関係団体からの発表が注目されます。